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ヴェズジェホード



早くから装甲車輌の装備に関心を持っていた帝政ロシアでは、1905年にはフランスに自国向け装甲自動車の試作を発注、1914年にはイジョルスキー鉄工所で重機関銃搭載の装甲自動車の生産を始めるに至った。
だが、ロシアの道路事情はヨーロッパとは異なっており、秋雨の季節などに自動車の機動性が大きく損なわれるため、泥濘地や軟弱地での行動が可能な戦闘車輌の実用化が模索された。
第一次大戦開戦直後の1914年8月、リジスキー工場の主任技師A.A.ポロホフシチコフ(写真右)が考案、翌1915年3月に帝政ロシア軍北西方面軍の工兵主任将校とともに試作が開始されたのが「ヴェズジェホード」(どこでもいける)と呼ばれるロシア初の無限軌道装備の戦闘車輌(写真はモックアップ)だった。
泥濘地での機動性発揮を要点に開発された同車の走行装置は独特であり、幅広の履帯が中央に一組装備され、その両脇に一つずつ設けられた転輪をステアリング操作することで左右への操行を図った。
この操行装置は試験が行われた結果、八の字走行までやってのけてかなりの機動性を発揮したという資料、それとは反対に、独特の操行装置が狙いとは逆に軟弱地で働きにくく、改修が繰り返されるも改善されず、結局計画そのものが放棄される一因となったという資料があるが、この操行装置が泥濘地で八の字走行を行うほどの機動性を生むとは思えず、またそのような当初の狙い通りの高機動性を持つ車輌が放棄されることも解せない。
以上の理由から、手前自身は「機動性能は低かった」の説を採る。
それはともかく、このヴェズジェホードは1915年12月には「かような戦闘車両を陸軍は必要とせず」と決定してしまい、計画は一度放棄された。
翌1916年、西部戦線でイギリスやフランスの戦車の出現と活躍が伝えられると、研究の再開が図られたが、結局ものにはならなかった。


ヴェズジェホード・性能諸元
全長:3.6m
全幅:2m
重量:4t
最大速度:25q
装甲厚:8mm
乗員:2名
武装:7.62mm水冷重機関銃1910型×2


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